2008年8月14日木曜日

こんなプロフィールも

お盆です。皆様いかがおすごしですか?


お墓掃除&お墓参りをし、すっきり?したのち

精進料理をいただき、味噌松風を買って

満足して帰ってきました。



さて、私がメンバー参加しているNPO法人ヘルスコーチ・ジャパンに載せる

プロフィールを更新することにしました。


【仕事・略歴】
大学院終了後、エンジニアとして8年間、言語解釈、翻訳システムの開発に従事。
夫の転勤で2年間アメリカに滞在。
アメリカでは、「アクティブ・リスニング」の考え方を知る。
また、大学で「英語教授法」のコースを終了するが、
そこで得た思わぬ収穫は「異文化理解」だった。
帰国後子育て及び地域活動に重点をおく。
PTAでは新しい地域協働システムの立ち上げ、
スポーツ少年団では、組織の見直し等に関わった。
様々な立場、考え方の多くの人と力を合わせるにはどうすればいいのか
と考える中でコーチングに出会う。
それ以後、コーチングを自分の活動のベースとしている。
数学教師をしていたこともある。


【ヘルスコーチ・ジャパンに期待すること】

これまで私はライフステージの変化や引越しを通じて
「エンジニア集団」「母親集団」「インターナショナルな集団」
「関東地域」「関西地域」など、いろいろな集団に属し、
その中で、コミュニケーションの取り方は何種類もあるということを
実感してきました。
忙しく充実した毎日を送る一方、引越しの多さと子育ての中で、
自分のキャリアが十分に築けないことから自己信頼感が低下したり、
地域活動に身を削ってみたり、「母親はこうあるべき」に窒息しそうになったり・・・
何かとバランスをくずしがちなときに、とても役に立ったのがコーチングでした。
コーチングの中でも、自己基盤に関するところ、「自分にはどんな個性があるか」
「自分の境界はどこか」「自分をOKだと認めているか」などを明らかにすると
適切なコミュニケーションを使って、バランス良く、自分を社会の中で生かせるようになります。

この自己基盤の強化はヘルスコーチ・ジャパンでも大切にしている点で、
プログラムでは、短時間で自己基盤力が上がるよう、工夫されています。

ヘルスコーチ・ジャパンの活動は、
コーチングを使った保健指導、健康指導やメンタルヘルス改善ができる人材を
養成することが目的で、是非そのような人材に多く育ってほしいと願っておりますが、
私が実感として、この活動に賛同する理由は、このプログラムが
すべての人のQOL、すなわち上質の人生のためにもすぐに役立つと確信するからです。

【以上】




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2008年8月12日火曜日

『万能ビリーフ』

研究会が終わってしばらくしたら、

どうやら、『万能ビリーフ』といえるものがあるのでは、

という気がしてきました。

(私の頭脳は『発酵熟成型』、アイデアが遅れてやって来る・・・)


『万能ビリーフ』とは、

どんな状況にも風穴をあけ、呼吸しやすくするのを

助けるビリーフです。


どんなに困った状況にあっても

「私はいつも最善の選択をしている。」

(相手もいつも最善の選択をしている。)

「私は神!である」

(相手も神!である)


そうだと決めてしまえば、

今の状況はどう解釈できるのか

今の状況から何が学習できるのか

または、思考を止めて

「これでいいのだ~♪」

というのもアリかと。




どんな一日であろうとも

一日の終わりに

「今日の私の一日は最高の一日であった」

(今日の相手の一日は最高の一日であった)


と、まず、決めてしまい、そこから

今日は、どういう意味を持つ一日だったと思えるのか?

今日という日から、何を学んだと思えるのか?

または、考えるのをやめて

「最高の一日で、よかったね♪」

というのもアリかと。


『万能ビリーフ』には、ある構造があって、

それは方程式のような考え方で

「既知の考え方のほかに、未知の考え方(エックス)がある」

とまず、決めてしまうのである。

それでもって

「既知」+「未知(エックス)」=「最高または最善」

と、強引に式を立ててしまい、

さて、ここでの「未知(エックス)」は何か?

と(考えたければ)考える。

そんな感じかな。

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2008年8月11日月曜日

ビリーフ探求

京都コーチ研究会では

初めての方、久しぶりの方にもお会いできて嬉しかったです。


さて、

ビリーフとは、「思い込んでいること」「信じ込んでいること」のことです。

ビリーフには、

「そのままにしておいてよいビリーフ」と

「そのままにしておくと、ゴール達成の障害になるビリーフ」がありますが、

特に取り上げたのは後者です。


「ゴール達成の障害になるビリーフ(以下こちらを「ビリーフ」と呼ぶ)」は

書き換えたり、粉砕すれば、いいわけです。


ところが、そもそも、ビリーフを認識するのが難しい。

また、どのように書き換え、また粉砕すればよいのか、これも容易にはわかりません。


また、ビリーフに接すると、

何故か、その話を聴くものの気持ちを萎えさせ(エネルギーを奪う)

その話をするものの気持ちも萎えさせます。

こういう気持ちのシグナルを

『ビリーフ探知機』にするとよい、という意見もありました。


相手のエネルギーを奪おうとするあたりは

ニーズにも近い、と思いました。


「こんなビリーフがあるようですね」と

フィードバックしたとしても、

相手がいっぱいいっぱいだと

その内容を受け取れないこともあります。


さらに

ビリーフの認知、書き換え、粉砕には

高い言語能力、つまり

それを言葉で言ったらどうなの?とか、

それらを「ひとこと」でいうならどうなる?

という作業が必要。


過去のビリーフは比較的言語化しやすい。

そのビリーフをどのように書き換えたのかも、言語化しやすい。

そのプロセスがどんな風にして起こったのか、振り返るもの良い。

何かイベントがあったのか?

それともジワジワと起こったのか?

これら一連のことを、

完全に成り行きにまかせるのではなく、

「構造」として把握することで、多少人為的に促進する。

そういうのもコーチングは提供できます。


それだって、「そったく同時」は外せない要素になると思いますが。

(「そったく」の漢字は、私のパソコンが受け付けません・・・)


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2008年8月7日木曜日

本当に伝えたいことは・・・Nさんの原爆体験

これは4年以上前に聞いたNさんの原爆体験談で、

メモもないので、本当にうろ覚えで申し訳ないのですが、

なんとかエッセンスだけでも、表現してみようと思います。


Nさんは、当時70代で、原爆後遺症をお持ちの、

ジャズ好きの大変ダンディーな方です。



 原爆投下の日、私は小学生で
 全身大やけどを負った私は病院に収容されました。
 やはり、大やけどを負った兄は、
 そこから遠く離れた別の病院に収容されたそうです。
 
 私は一週間以上身動きができませんでした。
 体には蛆がわきました。
 
 近くにいた見知らぬおばあさんが
 「かわいそうに、この子は助からない」というのが聞こえました。
 
 体を動かすことのできた母は、私と兄のいる病院を探し出し、
 毎日、私と兄をたずねてきて、看病してくれました。
 
 私がいた病院と兄がいた病院は遠く離れているのに
 いったいどうやって、瓦礫の間をかきわけて
 毎日看病に来ることができたのか今だに不思議です。
 
 そのとき、私は身動きができないながら、
 母にとても大事にされていることを感じました。
 「生きていてほしい」という願いを感じました。
 
 このように感じていたから
 「この子は助からない」と言われていたのに
 私は生きのびることができたのだと思っています。
 兄もまた、生きのびました。
 
 だから、私は自分の原爆体験を
 小学生に語るとき、
 「君達のひとりひとりはとても大切な存在なのだから
  どうか、命を大事にしてください。」
 と締めくくります。

 
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2008年8月6日水曜日

広島の原爆忌に

今日は広島の原爆忌です。

FM京都でDJの佐藤氏が、およそこんな内容のことを言っていました。

 小学生のころ、広島の原爆の記録映画を見た。
 あまりに恐ろしく衝撃的な内容で、心から
 「戦争はイヤだ」と思った。
 
 しかし、あまりの恐ろしさにそれ以降
 広島の原爆について、考えられなくなった。
 思考が停止してしまって、
 「戦争を無くすにはどうしたらよいか」
 考えられなくなった。
 
 何のために、原爆の記録映画を見るのか?
 それはまさか「恐怖に身をちぢこませ、
 思考停止になる」ためではないだろう。
 
 子どもがみんな、私のように思考停止するわけではないだろうけれども
 私のこんな経験から、小学生に原爆の記録映画を見せるのは
 いかがなものかと思う。
 
 それよりも、たとえば成人式にこの記録映画を見るほうが、
 「二度とこのような悲惨なことがおこらないようにするには
  どうしたらよいか」
 考えることができて、良いのではないか。
 
 もちろん、このことについては
 いろいろな考え方があると思うけれども、私はこのように思う。


 

私の夫は小学一年生のとき、広島の原爆資料館へ行き、

あまりに恐ろしくて資料館の中を前に進めなかったといいます。



私は、衝撃度が比較的少ない写真を見ました。

思考停止とまではいきませんでした。

高校のとき、大江健三郎の「ヒロシマ・ノート」を読み、

原爆がもたらした悲劇については

どんなに理解・共感しようとしても

体験していない者にはムリだろう、と

無力感のようなものを感じたことがあります。


そんなことを思い出していたら、そのつながりで、

すこし違う視点から、ご自分の原爆の体験について語ってくれたNさんのことを

ふと思い出しました。


それについては、また明日。

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2008年8月3日日曜日

「コーチング・サロン in 京都」

ここ数日、あるワークショップの準備にかかりきりです。

会場も「コーチング・サロン in 京都」という名前で予約してきました。


準備をしながら、ふと思いました。

――これは、もしかすると、長年の夢の一つが叶おうとしているのではないか?


というのも、私の長い間の憧れの一つが17~19世紀フランスのサロン文化だったからです。

澁澤龍彦 ヨーロッパの乳房



この本は紀行文で、最後に「フランスのサロン」という章があります。


もちろん、ここは 21世紀の日本ですから、

そのまま、というわけではありませんが

集まる人の才知を集め、新しい何かを生み出す、という

スピリッツあるいは心意気を

ぜひとも再現したい、と考えています。


コーチングといえば、ビジネス・コーチングが盛んですが

私がコーチングと出会ったきっかけがPTA及び地域活動だったので、

まずは、コーチング未体験の、子どもを持つ親を対象に始めます。


すでに、多くの方のご協力をいただいています。

感謝です。

そして、がんばろう。


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2008年8月1日金曜日

『奇跡のリンゴ』

新聞広告で気になった本です。

『奇跡のリンゴ』

無農薬・無肥料でリンゴを栽培することに成功した木村秋則という人の記録です。


どう奇跡なのかは、こちらを見ていただくとある程度わかります。


無農薬・無肥料で育てたリンゴは

味が濃くて、

切っても変色せず、

放っておくとそのままドライフルーツのようになっていく!のだそうです。




人が生きていく上では

経験や知識の積み重ねが必要です。しかし、

真に新しい何かに挑むとき、
最大の壁になるのはしばしばその経験や知識なのだ。

木村はひとつの失敗をするたびに、ひとつの常識を捨てた。
そうして無垢の心でリンゴの木を
眺めることが出来るようになったのだ。(読売新聞広告より)






わかっているつもりにならない。

リンゴ(相手)から学ぶ。


コーチングの究極の姿がリンゴの栽培にもあった!と思いました。




(こちらはモバイル用)
奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録



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