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2010年1月9日土曜日

「理系クン」

「理系クン」関連の本が好きです。

「いるいる、こういう人」と思ってクスクス笑えると同時に

自分の中の「理系度」も認識できるからです(60%ぐらいかな)。


私が思う理系クンの特徴

1)興味の範囲は狭いが、とことん、深い。

2)なんでもパラダイム化、構造化してとらえるのが好き。

3)数値化を好む。

4)空気は読めない。



理系クンでも、まったく違う世界に共感することは可能。

その時は、

「説明」->「理解」->「共感」というプロセスを通るそうな。



たとえば、

「理系クン」の夫が奥さんのファッションについて共感できるようになるプロセスは

【スタート】奥さん服の趣味がまったくわからない状態

①ファッション雑誌などをみて、なぜその服が好きなのか、説明してもらう。
(「カワイイから」なんていうのは説明になっていないので、念のため)

②①を相当回数繰り返す。

③徐々に、奥さんの服の趣味に関するデータが蓄積される。少しずつ「理解」が深まっている。

④ある日、まったく新しい服を見て、「これはキミが好きなタイプの服だとおもうよ」
と理系クンの夫が言い、奥さんは「当たり!!」と大喜び。「共感」が生まれている。


・・・あなたの「理系度」はどのぐらいでしょうか?
















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2010年1月8日金曜日

「吉越式会議」

トリンプ元社長、吉越浩一郎氏の語る「結果の出る会議」とは、

・早朝60~90分で40議題(毎日)。

・大きいテーマも小さいテーマ(上司に報告するような内容も)もごっちゃにあつかう。

・1テーマ2分!!で決める。

・決めることは、担当者と解決策とデッドライン。

・進捗をチェックし、修正はこまめに。


・・・組織だけでなく、個人でも使えないかな。

特に「1テーマ2分」は魅力的です。


ここでの「デッドライン」とは、基本的に翌日らしいです。

そのためには、タスクを小さ~く分割することが重要だそうです。









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2009年11月18日水曜日

白洲正子氏の明恵上人

22日の京都チャプターのセミナー準備をしつつ、

その一方で、白洲正子氏の「明恵上人」を読んでいます。


鎌倉時代の僧で、教団も作らず、政治ともつながらなかったが、

とても魅力的な人物で、

押しかけ弟子が多く、

女性にモテ、

北条泰時にも慕われたとのこと。


宗教家というより芸術家であったいわれる明恵上人ですが、

「美」の視点から、彼の生涯をみるとどうであるか。

昔にも読んだのですが、

あらためて感激しながら読んでいる自分がいます。

同時に自分の小ささが、とことん悲しくなります。


しばらく明恵上人の追っかけをしようかな。









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2009年8月14日金曜日

セリグマンからロバート・ライトへ

ストレンクス・ファインダーの理論的根拠を提供した

セリグマンの本。

ポジティブ心理学とポジティブ思考は別物であることがわかります。

しかし、この日本語タイトルはどうにかならないか?

原題は「本物の幸せ」



そのセリグマンが推薦しているのが

ロバート・ライト。

セリグマンやロバート・ライトが

安直な自己啓発本と異なるところは

「厳格に科学に根ざしている」ことだそうです。



日本語訳がないのが、しんどいです。

この19分の映像では、この本のエッセンスが紹介されています。

やっぱり英語ですが、パワーポイントもついているし、なんとなくイメージは伝わるかも。






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2009年8月13日木曜日

姜尚中 から フランクルへ



最近、NHKの日曜美術館のホストをしている姜尚中の本のなかで

「フランクルは役に立つ人間より、苦悩する人間の方が偉大だと言っている」

というようなことを書いたので、つぎの本をよんでみました。




生きる意味があるか、と問うのは間違っている。
人生こそが<中略>私たちに問いを提起している。

(問いへの答え方は3通り)
1 何かを行うこと、活動したり創造したりすること、自分の仕事を実現することによって<後略>
2 何かを体験すること、自然、芸術、人間を愛することによって<後略>
3 <前略>避けられず逃れられない事実であっても、その事実に対してどんな態度をとるか<攻略>





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2009年6月15日月曜日

『人生2割がちょうどいい』

岡康道氏と 小田島隆氏の対談です。

小田島隆氏の
「グッドモーニングバビロン」の映画評が気に入ったところから
たどりつきました。

真実とは、活字にすると
「実に不適切」
なことがあるもんだ、
と抱腹絶倒しながら読みました。

禍根を残さないコミュニケーションとは
「論理に対しては感情で答える」
「感情に対しては論理で答える」
と決してかみあわないようにすることだ、とか。

ルールとは押し戴くものではなく、
単なる合意だから、どんどん変えてもいいのだ、とか。

めちゃくちゃだけど本当の話、とか



よかったらどうそ




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2009年6月3日水曜日

機微

<きび>

【機微】容易には察せられない微妙な事情・おもむき。
    表面的にはとらえることのできない、人間関係や、心と心のふれあいなど。

英語では

【subtle】(サトル、と発音) 微妙な。繊細な。不思議な。

こういう表現もあります。

【delicate inner workings】デリケートな内側の作業・・・なるほど、です。



嵐山光三郎氏の本を読んでいると

頭の中が「機微」という単語でいっぱいになります。


『妻との修復』


『悪党芭蕉』




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2009年4月13日月曜日

「利休にたずねよ」~インスピレーションの源

京都在住の直木賞作家、山本兼一氏の本を
お借りしました。


茶の湯の神髄は、山里の雪間に芽吹いた草の命の輝きにある。

人はだれしも毒をもっておりましょう・・・
肝要なのは、毒をいかに、志にまで高めるかではありますまいか。

(毒:三毒のこと。むさぼり・いかり、ぐち、このと)


燃え立つ命の力を、うちに秘めていなければ、
侘び、寂びの道具も茶の席もただ野暮ったくうらぶれただけの下賤な道具にすぎない。 


・・・というインスピレーションの源となった利休の体験が何だったのか、
についての推理小説。

味噌松風(みそまつかぜ)のようなお菓子がでてきましたが
この時代からあったのかな。


それにしても、山田芳裕の「へうげもの」を目にしてからというもの
利休に関するどの小説を読んでも、
「マンガにするならこの利休以外にあり得ない」という気にさせられます。









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2009年3月21日土曜日

「美しき野蛮人、バルタバス」

「美しき野蛮人、バルタバス」ジェローム・ガルサン 増澤ひろみ訳

今東京で大人気の騎馬スペクタクル「ジンガロ」のリーダー

バルタバスについての本からの抜粋



「馬を知るということは、私自身が馬のゆったりとした魂に沈み込むことだ(バルタバス)」

バルタバス「馬には魂があるのですか」
ギリシャ正教司祭「すべての愛される資格を持っているものは、魂を持っています」

「すべての動くイメージのように、舞台芸術は刹那的なものである(中略)
舞台作品に捧げられた書物は、永遠の残る巨大な塊として、死によって封印された喜びを反対に忘れられないようにする。
しかし、我々は、知識によって提示された再生を読むことはできるが、決してそれは舞台そのものではなく、
もっとも痛ましい祝祭となる。(ロラン・バルト)」

私(ガルサン)は自分の身を守り、彼(バルタバス)は冒険に身を投じた
私はあらゆる人の話を聞き、彼は自分自身だけを聞いた
私は時代と手を結び、彼は拒否した
私は詰め込み、彼は荷を下ろした
私は過去を整理し並べ、彼は未来を舞台の上に見つけた
(中略)
私は精神性から遠くにいて、彼はどんどん神聖なるものに近づいていく 
私は真実が書籍の中にあると信じ、彼は、言葉でなく行動を、文章でなくイメージを選んだ
私はこの世を変えたいと限りなく望み、彼は自分のやり方で世界を作る希望を諦めない(後略)







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2009年3月18日水曜日

インスピレーションの源

宮澤賢治の詩は

 科学者であり、仏教徒である彼のもつイメージが

 詩の形になったもの。

 彼の思想と感情が、映像を描くように表現されている。


親鸞の教義は、実践の裏付けがあるもの

 生から死へと移るとき、そこに「光」がある

 それは、きれいなものもきたないものも

 よいものも、わるいものも、生も死も

 すべてを等しく照らす種類の「光」・・・らしい。



「おくりびと」がアカデミー賞をとり、

それが主演の「もっくん」の(こういうと子供が笑う)
 
15年前の読書体験と、それ以来の彼の願いの結実であることを知りました。

それほどインスパイヤリングな本とは

青木新門「納棺夫日記」のことです。


引用するのもためらわれる(全部引用したくなるので、結局引用できない)

身震いするような表現があちこちにちりばめられています。









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2009年2月16日月曜日

今井純『自由になるのは大変なのだ』

インプロ = 即興芝居 についての本。

目次をみて、気になるキーワードをピックアップ。


【自由】の反対語は【恐怖】

●プレイヤーの心理
失敗を恐れる/笑いを狙う/「ありのままの自分」でいられない/
「いいアイデア出さなきゃ」「発想よくしなきゃ」/全部、説明しようとする/
影響されたくない・変化したくない/
「相手とつながれない」ということが「コミュニケーションが取れない」ということ/ 一瞬一瞬にいられない


●インプロを教えるということ
恐怖を取り除く指導/指導者の責任/型にはめてはいけない/評価していたら、自由になれない/
セオリーが規則になったら元も子もない/自由でない人が、人を自由にはできない/


●演技にとってのインプロ
演技というもの/声が大きくても、滑舌が良くても・・・/感情が出ない理由/
人と人との距離は愛に比例する/キャラの元/


詳しくはこちら。








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2009年1月1日木曜日

謹賀新年 そして 読んでみたい本

あけましておめでとうございます。

よい一年になりますように♪

**********

以下は私が読んでみたい本または、気になった本です。
太字は読売新聞からの引用。

1)大塚ひかり『源氏物語』シリーズ
2)池上永一『テンペスト』
3)ダグラス・ボッティング『フンボルト 地球学の開祖』
4)大島渚著作集『敗者は映像をもたず』
5)酒井雄哉(ゆうさい)『一日一生』
6)佐藤哲朗『大アジア思想活劇 仏教が結んだ、もうひとつの近代史』
7)佐藤薫子『テーブルコーディネート&おもてなし辞典』
8)八木宏美『違和感のイタリア』

***********

以下はそれぞれの本について覚書



1)大塚ひかり『源氏物語』シリーズ

なぜ、源氏物語が1000年以上もてはやされるのか、その答えの一つ。

著者は、国文学でなく、日本史専攻です。

大変とっつきやすいく、かつ社会学的視点などその他もろもろ。以下2冊

「源氏の男はみんなサイテー」

「カラダで感じる源氏物語」






2)池上永一『テンペスト』

琉球王国の美と教養を紹介するジェットコースター・エンターテイメント小説



3)ダグラス・ボッティング『フンボルト 地球学の開祖』

フンボルトの第1の価値:未知の自然を科学的に把握すること

    そのために  :強い意志をもって知的に独立すること

    そのために  :自分の資産以外は使わない

    そのために  :自費で学術成果を出版し続ける

    そのために  :後進の科学者に資金援助

フンボルトの強み   :なによりまず収集心。そして驚異的な体力と交渉能力。


アレサンダー・フンボルト・・・学術探検家。1769年ドイツの裕福な家庭に生まれる。



こちらはドイツでベストセラー


4)大島渚著作集『敗者は映像をもたず』

大島渚著作集 第二巻 「敗者は映像をもたず」

大島はテレビ・ドキュメンタリー『大東亜戦争』(1968年)編集中、
日本側の戦場映像がないことに気づく。「戦争においては、勝っているときだけ
映像を持つことができる」

カメラに中立性などは存在せず、記録内容そのものより誰が撮ったかが重要なのだ。
これが文字史料であれば、まず著者に注目するのは常識だろう。
しかし、映像となると撮影主体とその権力性を私たちは忘れがちである。




あわせて、こちらも。

佐藤 卓己 「八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学」



5)酒井雄哉(ゆうさい)『一日一生』

著者は、千日回峰行を2度も満行した大阿闍梨。

「今日の自分は今日でおしまい(略)今日失敗したからって(略)
落ち込むこともない、明日はまた新しい人生がうまれてくるじゃない」

「今良いことをしても、その結果は今日すぐに来るかもしれないし、
三代ぐらい後かもしれない(略)たとえ今巡り合わせが良くなくても、
その分、いま良いことをしていけば、未来は変わっていくかもしれない」

自分が立っている一方からは日光が射している。反対からは月光が。
ということは仏さんはその真ん中にいるはずだ。そうか、仏さんは
自分の心の中にいたのだ…。




6)佐藤哲朗『大アジア思想活劇 仏教が結んだ、もうひとつの近代史』

明治時代、アメリカ人仏教徒であり神智学協会会長のオルコット大佐

仏教徒であり「スリランカ建国の父」のダルマパーラ

仏教復興を掲げた野口復堂らがくりひろげる

近代仏教徒たちの国際交流の話。


そして、日本が受け入れなかったという「プロテスタント仏教」とはなにか。


著者が事務局長をつとめる「日本テーラワーダ仏教協会」は

日本仏教の枠を超え、原始仏教、アジア諸地域の仏教も視野に入れた

コアな仏教協会だと思います。




7)国際儀礼「プロトコール」の本

日本人同士で気にならないしぐさも、場合によっては誤解を受けます」

(…茶席でのふるまいをイメージすれば、国際儀礼もおよそOKでないか、私は思いますが…。)

佐藤薫子「テーブルコーディネート&おもてなし辞典」




8)八木宏美『違和感のイタリア』

イタリア滞在30年の著者が見たイタリアの核心。

小学校から全員の成績を壁に張り出す。だから悪い成績にも慣れっこになり、
ひがみもなく、ライバル意識もないという。そのくせ仕事の場面になるとがぜん張り切る…。


フィアット社の歴史・イタリアンファシズムの実態・マフィアの生態の分析つき。





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2008年12月30日火曜日

鈴木光司『エッジ』

普段、ホラー小説は読まないのですが、

これはちょっと読んでみたいのです。


これを書くのに作者は

最先端の物理学の本を徹底的に読んだそうなので。



「物理学」+「失踪事件」といえば、

ワープとか時空のひずみとかそんな要素がはいっているのでしょうか?

・・・それで?

というところに興味があります。







今日は、棒だらの下ゆでをしています。

圧力なべを使って楽ちんに~♪

本当はほうじ番茶をいれるのですが、無かったので違うお茶をいれました・・・

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2008年12月26日金曜日

「君の最大の恐怖は何だ?」

文武両道スポ根高校バスケ映画、「コーチ・カーター」から

コーチ・カーター:君の最大の恐怖は何だ?
選手:どうして、あの質問ばかりするんだろう?君の最大の恐怖は何だ?って、どういう意味だ?


コーチはこの質問を何度も選手に投げかけますが、選手は答えません。

しかし、物語が進むにつれ選手はこのように答えます。

  最大の恐怖は無力と知ることではない。
  最大の恐怖は自分の測り知れない力だ。
  恐ろしいのは自分の闇ではなく、光。
  自分の力を隠し、周囲のもの達を不安にさせないよう縮こまっていては
  世界を照らすことはできない。
  小さな子供らと同じように輝こう。
  すべての人の内に光がある。
  自分自身を輝かせれば、周りのものたちも自然と輝きはじめる。
  恐怖から解き放たれれば、周りのものたちも解き放つことになる。


何かの引用のようだと思い調べたら、

オリジナルはマリアンヌ・ウィリアムソンの本「愛への帰還」でした。

キリスト教のバックグラウンドを持つスピリチュアル系の本です。










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2008年12月21日日曜日

松村 栄子著『雨にもまけず粗茶一服』

かつて京都新聞に連載された小説を改題したものです。


茶道家元を継ぐのがイヤで家を飛び出した19才の主人公は

青い髪の、なりそこないのバンド青年で、

一番きらいな町、京都に居候することになり

インドやチベットを旅したことのあるお坊さんや

お公家さんのふりをするのが好きな高校教師やらとつきあううちに

逃げてきた「お茶」にかえって追いかけられる話。



主人公は「体感覚」だけでできたような人物で

その小学生の弟は「理屈」だけできたような秀才。



お話では「言葉より体でわかることの大切さ」がベースにあるようです。


でも、私は、「体でわかったこと」は「言葉」にしてほしい、と思います。


もう一人、日本趣味の欧米人を登場させ

「ナゼ、ソウシマスカ?」「ソレハ、ナンノタメニアリマスカ?」

と主人公を質問攻めにするとか。

そのやりとりで明らかになることは、

「理屈」とは一味ちがう何かになるのでは?



ところで、このお話の中には、とても切ないエピソードがひとつあります。

芸道を目指す人にとって、これほど堪らない話はなかなかないのでは?

そのエピソードがきっかけで、主人公は次の一歩を踏み出します。






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2008年12月13日土曜日

チェーザレ・ボルジア

いかになんでも、なんとかしなければ、と思い

整理整頓をしたところ

長い間探していたマンガ「チェーザレ 第5巻」を発見♪


チェーザレ・ボルジアは

ニコロ・マキアヴェッリの「君主論」のモデルだったことはよく知られていますが

塩野七生氏による「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」を昔、味読しました。

そして、今回の惣領冬実氏によるマンガ「チェーザレ」は

新しい研究成果を盛り込んでのストーリー展開になっているのだそう。

(まだ、彼の青年期の話なので、どう新しいのかよくわかりませんが・・・)

優雅さは十分、冷酷さはまだその萌芽期、とても怜悧で、やんちゃざかり、

というように描かれています。


整理整頓はあと6畳分残っています。

今回のマンガのように何か見つかれば嬉しいですが

少なくとも私の外部記憶装置の再確認にはなるでしょう。











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2008年11月28日金曜日

同じ本でも2通りの読み方ができる

NPO法人ヘルスコーチジャパンの活動に関わっているので

ダイエット関係の本にも関心があります。


去年、ベストセラーになった本

岡田斗司夫著「いつまでもデブと思うなよ」

を、再び引っ張りだして再読中。



この本は、著者も書いているように

2通りの読み方ができます。


1つ目は、レコーディング・ダイエットのやり方を知るための読み方

2つ目は、自分にできること・できないこと・得意なこと・不得意なことの境目をはっきりさせ、

できること・得意なことだけに全力をかたむけることで、自分をコントロールするには

どうすればよいかを知る読み方。



後者の方に、この本のエッセンスがあると思うし、しかも多方面に応用可能だと思います。









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2008年11月18日火曜日

白洲正子氏が好きな理由

比叡山 ブルーベリー紀伊国屋から

美しいものが生まれるには、その理由があります。

その美しいものには、それが生まれなければならなかった

プロセスの結晶があります。

プロセスとは時の経過を含む世界です。

白洲氏の文章は、その時の経過とそのときどきの世界をしっかりと味あわせてくれるのです。

文章を読んでいると、彼女が歩いている足音とか息遣いが聞こえてくるのです。

「かくれ里」や「近江山河抄」はそういう文章です。


私は20年程東京に住んでいましたが

これらの本のおかげで

関西に引っ越す楽しみが増す思いでした。



写真は比叡山麓にあるブルーベリーフィールズ紀伊国屋から琵琶湖を臨んだもの。

淡海(あはうみ=おうみ)の光はいつも柔らかいと思います。









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2008年8月1日金曜日

『奇跡のリンゴ』

新聞広告で気になった本です。

『奇跡のリンゴ』

無農薬・無肥料でリンゴを栽培することに成功した木村秋則という人の記録です。


どう奇跡なのかは、こちらを見ていただくとある程度わかります。


無農薬・無肥料で育てたリンゴは

味が濃くて、

切っても変色せず、

放っておくとそのままドライフルーツのようになっていく!のだそうです。




人が生きていく上では

経験や知識の積み重ねが必要です。しかし、

真に新しい何かに挑むとき、
最大の壁になるのはしばしばその経験や知識なのだ。

木村はひとつの失敗をするたびに、ひとつの常識を捨てた。
そうして無垢の心でリンゴの木を
眺めることが出来るようになったのだ。(読売新聞広告より)






わかっているつもりにならない。

リンゴ(相手)から学ぶ。


コーチングの究極の姿がリンゴの栽培にもあった!と思いました。




(こちらはモバイル用)
奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録



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2008年7月31日木曜日

町田康 『破滅の石だたみ』

これはエッセイ集です。

著者はパンク歌手らしいです。

なのに、芥川賞や谷崎潤一郎章を受賞したりしています。


私が彼の文章をちゃんと読むのは今回が初めてです。


古風な文章、落語のような文章、そして筒井康隆のような文章を書く人だと思いました。

内田百閒のようにハチャメチャなのに真面目で。

それとも真面目が高じてハチャメチャになったのでしょうか?


恐れ入ったのは

小学校5年のときに三島由紀夫の主要な作品をほぼ読破。

そして、気に入った本は10回以上繰り返し読む、というところ。


特に気に入ったフレーズは

 人間の根底がパンクである私は、(後略)
 
 最初の一行を書くとき、自分はものの分かった人ならけっして
 手を出さないような馬鹿なことを始めようとしているのではないか、
 と躊躇してしつつ、しかし、「やかましい。俺はこれを書くのだ」と
 半ばヤケクソで書き始めるのは、(後略)

 
 なぜなら、そうしないと新しいものを齎(もたら)すことはできないし、
 それよりなにより自分自身がおもしろくないからである。

 
 
 
自分自身がおもしろいか、どうか。

つまるところはそこか?と思います。


自分さえよければ、という低次元の話ではなく、

これはいわゆる「ライブ感」に関係することで、

最低でも自分がおもしろいと感じていなければ、

そのおもしろさは人様には伝わらないであろう、というようなことだと思います。



ところでこの「破滅の石だたみ」という石だたみ、

京都の北白川にあるそうですぞ。



 


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