2008年7月31日木曜日

町田康 『破滅の石だたみ』

これはエッセイ集です。

著者はパンク歌手らしいです。

なのに、芥川賞や谷崎潤一郎章を受賞したりしています。


私が彼の文章をちゃんと読むのは今回が初めてです。


古風な文章、落語のような文章、そして筒井康隆のような文章を書く人だと思いました。

内田百閒のようにハチャメチャなのに真面目で。

それとも真面目が高じてハチャメチャになったのでしょうか?


恐れ入ったのは

小学校5年のときに三島由紀夫の主要な作品をほぼ読破。

そして、気に入った本は10回以上繰り返し読む、というところ。


特に気に入ったフレーズは

 人間の根底がパンクである私は、(後略)
 
 最初の一行を書くとき、自分はものの分かった人ならけっして
 手を出さないような馬鹿なことを始めようとしているのではないか、
 と躊躇してしつつ、しかし、「やかましい。俺はこれを書くのだ」と
 半ばヤケクソで書き始めるのは、(後略)

 
 なぜなら、そうしないと新しいものを齎(もたら)すことはできないし、
 それよりなにより自分自身がおもしろくないからである。

 
 
 
自分自身がおもしろいか、どうか。

つまるところはそこか?と思います。


自分さえよければ、という低次元の話ではなく、

これはいわゆる「ライブ感」に関係することで、

最低でも自分がおもしろいと感じていなければ、

そのおもしろさは人様には伝わらないであろう、というようなことだと思います。



ところでこの「破滅の石だたみ」という石だたみ、

京都の北白川にあるそうですぞ。



 


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2008年7月29日火曜日

『こきりこ節』

ひょんなきっかけで、

それまで、まったく興味がなかったものに

いきなり感動することがあります。



それは、つけっぱなしのラジオから流れてきた、

富山県の民謡で、

日本の民謡なのに、「大陸の響き」があったので、

思わず聞き入ってしまいました。


「大陸の響き」を思わせたのは

ゆったりした太鼓のたたき方と

胡弓の伴奏。


太鼓のたたき方に、何故か朝鮮半島を思い出し、

胡弓の音色にモンゴルの馬頭琴を思い出したせいかもしれません。


調べてみて驚いたことが2つあります。


まずこの『こきりこ節』は一説によると

大化の改新(645年)の頃から存在する田楽歌である、といわれるほど

大変に古いものである、ということ。



2つめには、「胡弓小事典・歴史」というサイト(http://www.co-q.com/jiten_rekishi_frame.htm)に

 胡弓はアジア大陸内陸部で発生した楽器が、いったん西域へ渡り、
 南下しつつ東進して東南アジアを経て日本に来たのでは?
 
という説が書かれていること。


私が聴いたのは、古代の音、大陸の音だったのかもしれません。


私が聴いた「こきりこ節」は

寺崎美幸という民謡歌手が歌っているもので

こちらで試聴できます。


このバージョンでは胡弓は聞こえません。

胡弓の音は、こちらの「越中おわら節」で聴くことができます。



けれども、私はラジオから流れてきた胡弓バージョンの「こきりこ節」が好きだったなあ。

 
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2008年7月28日月曜日

ストーリー・ボールとクリスタル・ボール

22日のハーレーンの研修(まだ続く!)の

コーチングデモの前半では

クライアントが見せてくれるストーリーをボールにたとえ、

コーチは会話を通じてクライアントと共に、そのボールを丁寧に大切に調べていました。

この共同作業を通じて、クライアントとの信頼関係を作るのです。



ストーリー・ボールとはどんなボールか?という参加者の質問に対し、ハーレーンは

「クラインアトが私に見せてくれている物語のことです。
 占い師が使うような、そして占い師だけに、何かの映像が見えるような
 あの、固いクリスタル・ボールではありません。」
 

と答えていました。


占いでは、占い師が率先してクラインアトの物語を作って見せます。

そのつぎに、クライアントがその物語に何らかの反応をするのだと私は考えています。


コーチングでは、クライアントが率先してクライアント自身の物語を語ってみせるわけですね。

そして、コーチがそのクライアントの物語に反応する。


「逆」ってことになりますね。


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2008年7月27日日曜日

専門性か独自性か

またまた、ハーレーンの研修でのことです。

キーワードの一つに

【エクスパティーズ expertise】という言葉がありました。


リーダーズによると、

【エクスパティーズ expertise】 専門技術、専門知識、専門家の意見

とあります。


研修では、

 「コラボラティブ・コーチングは コーチ・クライアント双方の専門性・想像力を尊重する」というように

【エクスパティーズ expertise】を「専門性」と訳していました。


ここで、参加者から、質問が多発。

「コーチの専門性って何?」「クライアントの専門性って何?」
「クライアントは何かの専門家であるとは限らないが、その時はどうするの?」



休憩を挟み、訳語が修正されました。

ここでの【エクスパティーズ expertise】 は「独自性」である

ということになりました。


クライアントのことを最もよく知っているのはクライアント自身。

だから、コーチはクライアントの持つ世界について、

クライアント自身が語るストーリーを

(ハーレーンはこれを「ストーリー・ボール」と言ってました)

先入観を持たずに、学ぶところから始める。


クライアントの持つ世界・クライアントのストーリー・ボール、

これらを尊重するという姿勢が

「クライアントの【エクスパティーズ】」という表現のココロか?

と思いました。




ポストモダン主義の考え方によると

ある言葉の持つ意味は、固定されたものではなく、

時代、状況、それを使う集団や、人によって変化するものだそうです。



たとえば、身近な例では「ヤバイ」という言葉の意味など、そうですよね。


 ・私に馴染みがある【やばい】の意味⇒ 不都合である。危険である。
                   用例「やばい、時間に遅れる!」
                   
 ・十代の息子が使う【やばい】の意味⇒ 大変すばらしい。
                   用例「○○の今度の新曲、マジでヤバイし。」




今回の訳語訂正、

【エクスパティーズ expertise】「専門性」⇒「独自性」は、

ハーレーンの仕事によって、言葉の意味が変わった瞬間を

目撃したような気分でした。



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2008年7月26日土曜日

「コ」 から始まる外来語 あれこれ

22日のハーレーンの研修で扱った言葉シリーズ、その②です。

長めの英単語ですが、外来語として日本にも浸透しているし、

コーチだったら、確認しても損のない言葉だと思ったので

比較検討してみます。



ハーレーンは自分のコーチングを

「協力的な人間関係と対話を軸として機能する」コーチングであるとし、

コラボラティブ・コーチングという名前をつけています。



参加者から、「なぜコーポラティブではないのですか?」

と質問が出ました。


【コラボラティブ collaborative 】

動詞 collaborate (いわゆる「コラボ」ですね)には
共同して働く、合作する、という意味があります。(リーダーズ)


【コーポラティブ cooperative】

動詞 cooperative には
協力する、協同する、という意味があります。(リーダーズ)
○○大学生協や、京都生協などのいわゆる 生活協同組合のレジ袋などに
「COOP」と書いてありますよね。そのCOOPの元の言葉です。


この説明だけだと、【cooperative】でも構わないように思えますよね?


ところが!


この【cooperative】の中身には、ハーレーンによると、こんなものが含まれるそうな。

  医者が、患者に「このようにしなさい」という指示を出す
  患者は、医者の指示に従順に従う。
  
  こういう関係も【cooperative】な関係なのだそうです。
  
  両者は「対等」な関係ではないのですね。


それに対し【collaborative】な関係では、両者は全く「対等」です。



ところで、この話を聴いていて思い出したのが

CTIジャパンが翻訳した本『コーチング・バイブル』の原題にある

【co-active】という言葉。

もともと【co-】という接頭語は「共同」「共通」「相互」「同等」の意味を持ち、

これに【active】「活動的」「積極的」「能動的」「自ら動く」の意味が加わるのだから

【co-active】は「双方が積極的に関わる」という意味になります。




ハイ。

話が細かくなりました。

エンジニア時代、言語学とコンピューターサイエンスを合体させた

機械翻訳ソフトの開発に従事していたので、

この手の話を始めると、止まらなくなります。

私の自己満足だけでなく、

読んでくださる方に、お役に立つ箇所があれば、嬉しいです。


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2008年7月25日金曜日

コミュニケーションに関連する語彙

22日のハーレーンの研修では、

言葉の意味を確認する場面がいくつかありました。


【コミュニケーション communication】

これは、「表現する」とか「伝達する」ことに重点が置かれている言葉で
どちらかというと一方通行な感じがする言葉だそうです。

英和辞書のリーダーズにも、伝達、報道、連絡、通信などと書いてあります。


ですから、「双方向性」を表現したいときは

【カンバセーション conversation 会話】

【ダイアローグ dialog 対話】

などの言葉を使う、とハーレーンは言っていました。



驚きました。そして 灯台下暗し。

コーチにとって基本的な言葉の意味が押さえられていなかったなんて!



そういえば。

ヴィスコンティの映画『家族の肖像』の原題は

conversation pieces

でした。

この言葉には、18世紀イギリスで流行した、家族団欒(だんらん)の様子を描く

家族の群像画、という意味があるんだそうです。

初めてこの原題を知ったとき、あまりに意外でなかなか受け止められませんでした。

団欒しているようにはとても見えない日本の家族写真に、慣れすぎていたのですね。


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2008年7月24日木曜日

ハーレーン・アンダーソン博士の研修

ハーレーン・アンダーソン博士の研修に行ってきました。

最前列席だったので、
博士のデモがかもし出す空気感まで味わってきました。
(この空気感を、私はジェスチャーで表すことができます。
 ご希望があれば、いつかお会いしたときにお見せします)


今回の研修の鍵となる概念は

そのクライアントが持つストーリー(時間軸を含めた状況)を
      「わかっているつもりにならない」
      
そのクライアントに有効な解決策を
      「知っているつもりにならない」


実際のコーチングデモの前半では
クライアントが見せてくれるストーリーをボールにたとえ、
コーチは会話を通じてクライアントと共に、そのボールを丁寧に大切に調べる。
そして、それがどんなボールなのか、クライアントと共有する。
この共同作業を通じて、クライアントとの信頼関係が生まれる。
この信頼関係作りがなにより大切。

デモの後半では
共有したストーリー・ボールをもとに、コーチが質問や提案をし、
その過程を通じてクライアントが自分にぴったりの解決策をつかむ。


大枠は以上です。

コーチング・デモは2つありました。
実際は、クライアントに応じてハーレーンの対応が変わっていくので、
2つのデモは、特に後半が随分と異なるものでした。
理論だけでない、達人の技を感じさせられる部分でした。

そこに感銘を受けた参加者が、「それは直感ですか?」と尋ねたのに対し、彼女は
「直感ではありません。私はただ、ストーリーに入り込み、
 ストーリーに対して私が反応するのです」
「コーチングとは反応の連鎖なのです」

クライアントの独自性とコーチの独自性が反応しあう共同作業を通じて
自分にピッタリの靴のような、すぐに使える何かを、クライアントが得る―――
これがハーレーンの「コラボラティブ(共同作業)・コーチング」なのかなと
私は理解しました。


今回のコーチ21の伊藤守氏の記事、
ハーレーンの研修に触発されて書いたのではないかと思っています。



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