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2009年4月14日火曜日

「オートクチュールビーズ刺繍展」

P1000973

田川啓二の世界~オートクチュールビーズ刺繍展から


着物の生地に 刺繍をし、さらに大量のビーズを施す。

この「空間、許すまじ!!」の情熱がどこからくるのか、と思ったら、

この人は最初の工房をインドに持ったのでした。

そうか、インドの石窟寺院だ、と勝手に納得。

 

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2008年12月10日水曜日

糺の森が見ごろだというので

糺の森5

下鴨神社境内の

糺(ただす)の森の紅葉が見ごろだというので

行ってみました。


「紅葉」というより「黄葉」でありました。


泉川の流れを見ていると

「曲水の宴」という言葉が浮かびます。







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2008年12月5日金曜日

フェルメールの青

water_2

友人がフェルメール展のお土産を送ってきてくれました。

久し振りにみるフェルメールの絵ですが、

複製でもなお、青色の深さが印象的です。


この青はラピスラズリを原料としています。

ラピスラズリと言えば

東京芸大が『本瑠璃』と称する絵の具を発売しています。

瑠璃はラピスラズリの和名です。

4.2グラムで50,400円・・・


昔読んだ小説や伝記などに

「絵の具を買うお金もない」という表現がよくあり、疑問だったのですが、

本当に美しく発色する絵の具というのは

高価なものなのだ、とようやく理解しました。


写真は、私が子供のころ、百科事典の図版で見た、

初めてのフェルメールの絵です。

「窓辺で水差しを持つ女」

やはり、ふんだんに青を使っています。


子供の頃は、青よりも

凍てついた冬の朝のような光の具合とか

頭にかぶっている白い布の輝きに目を奪われていました。





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2008年12月1日月曜日

師走の幕開け

師走の幕開け、

京都は素晴らしい晴天です。


何かと慌ただしい12月ですが、

夜明けが美しい季節の到来だとも思います。


6時ごろ雨戸を空けると、東の空が明るみはじめ、

比叡山から朝日が昇ります。


昨日は東京で

「冬の夜明けは、

 秩父連山を臨みながら、荒川のほとりを歩くと

 とても気持ちがいい」

という話を聞きました。


東も西も「冬はつとめて(清少納言)」です。




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2008年11月24日月曜日

オキーフと泥の教会

Ranchos de Toas Church
Ranchos de Taos Church

オキーフが好んだニューメキシコの泥でできた教会


建物の後ろ側には窓がありません。

その様子をオキーフは絵に残しました。


泥は、雨で流されるため、

毎年、流れた分を、足して補うのだそうです。

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2008年11月18日火曜日

白洲正子氏が好きな理由

比叡山 ブルーベリー紀伊国屋から

美しいものが生まれるには、その理由があります。

その美しいものには、それが生まれなければならなかった

プロセスの結晶があります。

プロセスとは時の経過を含む世界です。

白洲氏の文章は、その時の経過とそのときどきの世界をしっかりと味あわせてくれるのです。

文章を読んでいると、彼女が歩いている足音とか息遣いが聞こえてくるのです。

「かくれ里」や「近江山河抄」はそういう文章です。


私は20年程東京に住んでいましたが

これらの本のおかげで

関西に引っ越す楽しみが増す思いでした。



写真は比叡山麓にあるブルーベリーフィールズ紀伊国屋から琵琶湖を臨んだもの。

淡海(あはうみ=おうみ)の光はいつも柔らかいと思います。









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2008年8月23日土曜日

「不易と前進」 -変わらないものと変わるもの

「なぜいま青山二郎なのか」白洲正子著(新潮文庫) を再読。

以前読んでから、10年以上は経ちました。

初出は1991年だったかと思います。


本読みの楽しみの一つは、同じ本を読んでも

新しい発見があるところ。

ただ忘れているだけかも知れませんが

それはそれで、いいと思っています。


で、今回印象的だったのは

30人程の集まりのなかで、

「天才」青山二郎が「秀才」小林秀雄(「モォツアルト・無常ということ」の著者)を

やりこめて、小林秀雄がポロポロと涙をこぼす、というくだり。


それから何年かして、

「不易の人」青山二郎と、「前進する人」小林秀雄が訣別するくだり。


それから何年かして、

青山二郎と小林秀雄が仲直りして、ほどなく青山氏が他界するくだり。



「美はそれを見たものの発見であり、創作である」 小林秀雄

「小林の直観は美しい/だから実用への応用にはならぬ/
 世間はもっとずるいのだ/パウロはアテネでは語らなかった」 青山二郎





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2008年7月12日土曜日

根付 360度の彫刻

空観さん@清宗根付館

写真の根付はおおよそ実物大になっています。

(写真が曲がっていてすみません)


根付とは、

江戸時代に、印籠や巾着(サイフですね)などの

「提げ物(さげもの)」を携帯するときに

落としたり、盗まれるのを防ぐために使用されたものです。

提げ物をひもで帯につるし、

もう一方の先に根付をとりつけて、留め具としました。


携帯ストラップのようなものですが

ただの飾りではなく、実用的な意味があったのですね。


その根付ばかりを1500点所有する

京都清宗根付美術館に行ってきました。


友人、三田三と、

現代根付氏、空観さん(写真の根付の作者)の

清水坂での不思議な出会いから

この展示を知ることに。


今回はそのうち800点が展示されていました。


まるで、日本の詩歌の世界、

短歌、俳句、川柳、いわゆる詩、それらの様々が、

根付という形に 凝縮したようです。

それらが800点。


しかも、根付館は、見事な武家屋敷で、

それらが渾然一体となって、とても濃い空間を作っています。


現代の根付師は、彫刻家からスタートする方が多いそうです。

彫刻家が、あるとき根付に魅せられ、

名のある根付師のところに弟子入りする・・・。


「根付は360度の彫刻である」という

根付館の方のセリフが、

今も私の頭の中でエコーしています。


清宗根付館のサイトはこちら

根付師 空観さんのサイト(音が出ます♪)はこちら


根付館に行きたい方、年に4回、2週間ずつのみの開館ですので

上記のサイトでご確認くださいませ。(今回は7月14日まで!)



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2008年5月10日土曜日

粉粧楼、香りの良いバラ

粉粧楼2008その1

今年も粉粧楼(Fun Jwan Lo)が咲き始めました。

東京の駒場バラ園で求めてから、5年ぐらいになるでしょうか。


カップ咲きのオールドローズで、

日陰でもがんばれて、

とにかく良い香りで、

ということで選んだ薔薇です。


駒場バラ園は、粉粧楼を日本に紹介した、ナーセリーだからでしょうか、

何十株もの粉粧楼がズラーッと並ぶ様は壮観でした。


ご高齢のバラ園の主が、

新聞紙で苗をくるんでくれたのを、

電車を何回も乗り継いで

大事に家に持って帰りました。


その後、引越しで

京都にまでやってきました。



粉粧楼は中国産と言われてきましたが

実際は東洋系のバラをもとにヨーロッパで作出された

クロチルド・スーペールと同一のものであると

2007年に発表されたらしいです。



突然、「バラおたく」になってしまい、失礼しました。


みなさま、良い一日を。


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2008年5月1日木曜日

秋野不矩、インドに出会う

京都国立近代美術館で秋野不矩展を見ました。


広がりと奥行き、光ときどき影、

そして、湿気を見たかったからです。


色調はデタラメですが、

参考までにパンフの絵など紹介します。

秋野不矩 帰牛 パンフ

これは「帰牛」。

太陽の照りをあらわすため、向こう側の川面には銀箔が貼ってあります。

本物はもっとグリーン。

秋野不矩 挿絵 「クリシュナの剣」

そして、これは家にあった絵本「クリシュナの剣(つるぎ)」の挿絵。


 その ふえのねが とおくから ながれてきますと、
 ひとも けものも うっとりと してしまうのでした。
 ちちしぼりの むすめたちは いつも クリシュナの
 かえりを まっていました。
 
とあります。

この挿絵の牛はさきほどの「帰牛」の牛とよく似ていると思います。

空いっぱいにひろがる夕映えの中を、牧童クリシュナは

牛達を引き連れ帰ってくるのです。


秋野不矩 廻廊 葉書

こちらは「廻廊」


「廻廊」好きの友人がこの絵に引かれるのは

デジャヴュ(既視感)があるかららしい。


私がこの絵に引かれるのは

光と影の反復と、奥行き感が

めまいに似た感覚を呼び起こすからです。


なぜ、その人が「それ」に引かれるのか

考えるのは楽しいと

この方の記事を読んで思いました。







初期の秋野氏は

「満開の朝顔の前にたたずむ美人」

という様な、日本画を描いていました。

やがて、それに飽き足らず、

フォビズム風の絵を描くようになりました。


その間、6人の子を育て、

54才になった時、招かれて

一年間インドに行きます。


インドの地に降り立ったとき、

「これこそ、私が描きたかったものだ」

と感じたそうです。


以来、92才で亡くなるまで

10回以上、インドに渡り、

多くの大作を制作したのでした。




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2008年4月23日水曜日

シャーペット・ピンクのラストバッター

シャーベットピンクのチューリップ

秋に植えた球根のうち、

ラストバッターの

シャーベット・ピンク色のチューリップです。


どんなに花を知らない人でも

チューリップは知っているだろう、と思われるぐらい

ポピュラーな花ですが、


どんなにポピュラーでも

美しいものは美しい!


外側に表現された美しさは、

命のパワーを伝える力があります。

あたりまえ、といえば、あたりまえですが。



美しさを外側に表現することは

大変に難しいことも多く、


それは、その「美しさ」は、

「美しさ」を受け取る人々と共鳴してはじめて

伝わるものだからでしょう。


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2008年4月3日木曜日

原点としての美 千住博展

高島屋京都店の千住博展へ行きました。

私は自分の言葉を持つ画家が好きで
千住博もずっと気にしている画家の一人です。

今回の展示は 
「ハルカナル アオイ ヒカリ」
という 滝シリーズ でした。

TVで見た滝の絵の実物を見るのは、初めて。
オゾンのにおいがしました。

静かな絵なのに、とても饒舌な感じがします。

宇宙と命とを同時に感じます。



右の写真は「DUNE別冊 千住博 ART IN NEYWORK」から桜の絵です。

かつて、千住博が話していたことのうち、好きな言葉を紹介します。

「日本の美しさとは、
 静けさと華やかさの共存である。
 たとえば、音もなく桜花が散る様子など。」

「人が生きることの原点に美があり、
 美は人を正直な自分に立ち返らせる。」




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2008年3月11日火曜日

獰猛で繊細

京都高島屋で辻村寿三郎展をみた。

「獰猛で繊細が永遠の命」

「すべてのボキャブラリーを着せるのである」

「人形がまとっている衣服は
 着るものではなく
 心の思いを十分に語りうる
 唯一の肌にならなければならない」

蛇足ながら

 和装の美しい姿と
 洋装の美しい姿とは
 こうも違うものかとつくづく思う

写真はカタログの表紙。

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2008年3月6日木曜日

融けかけた氷の柱のような

Yさんの飲みかけのペットボトルです。

あまりに美しいので写真を撮らせてもらいました。

写真では見えませんが、
ボトルの内側に気泡がついているのが
また美しい。


工業デザイナー、ロス・ラブグローブ氏のデザイン。

彼はインタビューの中で
「一日のうちでは午後4時頃が一番重要な時間」と答えていました。

一瞬、昼下がりの太陽光線を感じました。



「ティナント」という
イギリス・ウェールズ地方産の軟水。

京都駅構内に新しくできたスバコで買ったそうです。


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2008年2月24日日曜日

MAYA MAXX   すべては もうすでに

すべては もうすでに 私の中にありました。

それなのに なかなかそれを認めることが
できず、受け入れることができなかったのは
他でもなく この私でした。

意志や年月は積み上げるためにあるのではなく、
一枚一枚はぎとって裸にするためにあるのだ
と得心しました。

ですから私は考え方や在り方を変えなければ
ならなくなりました。まるで古いソフトを新しい
ソフトに変えるように。

(後略)

        MAYA MAXX 2007
        
*****************************************

これを読んで、

「これは、私が目指しているコーチングの姿ではないか!」

と思ったのでした。


この人この人に強く薦められ、
最終日に駆け込んだ、何必館のMAYA MAXX


「破戒僧のように自由で、サムライのように潔い人」との人物評が紹介されていた

書というか、絵というか、
またその日本語タイトルと英語タイトルの組み合わせが素晴らしい。
ひとつの概念をふたつの視点から眺めるような気持ちになる。

 脱―Liberation
 独歩―Self reliance
 感會―Once in a lifetime chance(これはウロ覚え、正しい英語タイトルをご存知の方、教えてください)
 
 
*****************************************

岡本太郎にならい、
この人はMAYA MAXXになる覚悟を決めたのだと思います。

これから毎年、何必館でこの人の作品が見られるのだと思うと
とても楽しみです。


薦めてくれた方々に感謝です。


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2008年2月10日日曜日

南部鉄の鍋敷


形が気に入って買った鍋敷きです。
コーヒーポットを置いたり
一人用の鍋を仕立てたときなどに便利。

予算より高かったので、迷ったのですが
友人が「これはかわいい!」と3度繰り返したので
思い切りました。

使うたび、鍋を置く前に
形をつくづくながめて
嬉しい気持ちになります。

その友人のHPはこちら。

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2008年2月6日水曜日

『見る美 聞く美 思う美』

「20世紀最後の巨匠」と呼ばれる画家バルテュスと結婚し、ヨーロッパに暮らして40年の節子・クロソフスカヤ・ド・ローラ氏の随筆

まず目を引くのは、ヨーロッパの邸宅などを背景に撮られた著者の着物姿。
まず、日本ではお目にかかれないようなモダンな柄か、
「これは、貴婦人のドレス!」という印象を与える着物。

ヨーロッパという空気の中では、着物はこうなるのか
と、思いました。

独身時代の著者は「ヴォーグ」のような服を着ていたらしいが、
日本贔屓のバルテュスと結婚したのち、
2人で、「日本の美」を再構成したというべきでしょうか。



著者が好きだという、1300年前のエジプトの聖人の言葉から

「苦しんだあと散歩に出るように、
 死は眼前にある。

 ミルラの香のように、
 帆掛け舟の下で休息するように、
 風が吹いて船旅に出るときのように、
 死は眼前にある。

 蓮の花の香りのように、
 川岸に停泊するように、
 死は眼前にある。

 雨の後の道のように、
 長い戦いのあとで我が家に帰るごとく」


もの凄く、美しい言葉だと、私は思います。

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