2008年1月25日金曜日

「私は無宗教です」という日本人が多いのはなぜか?

昔から私は宗教学ファンで、

アメリカに2年住むことになったとき、何が楽しみだったかというと

「(商業主義だけでない)本場のキリスト教に触れられる!」

ということでした。



実際アメリカに行けば、収穫はもっと多くて、

イスラム教徒やら、ユダヤ教徒の人たちとも

交流することができました。



それはそうと、海外で宗旨をたずねられれば、間髪いれず

「仏教徒です」

と、答えることにしています。


理由は2つ

1 年2回、お寺にお墓参りに行っているから。

  (今年は、風邪で行っていないが・・・)

2 海外では、宗旨が異なるのはOKだが、

  「無宗教」=「まっとうな人間ではない」

  と解釈され、人として、相手にされないことがあるときいているから。


ところで、島田裕己の「日本人の10大新宗教」という本の中の

「無宗教」に関する記述が面白かったです。

以下、引用します。

  日本人が自分たちのことを「無宗教」と考えるのも、イスラム教徒と同様に、生まれたときから日本の既成宗教の信者になってしまうからである。日本の場合には、既成宗教が、神道と仏教という二つの宗教が組み合わさった特殊な形態をとっているために(ほら、「神宮寺」なんてのがあるでしょ?)自分たちを神道の信者と決めることもできないし、仏教の信者と決めることもできない。そこから、特定の宗教に属していないという意識が生み出される。


日本的宗教風土の中にどっぷり浸かっていて、

でも、ぜんぜん、そのことを意識していない、という状態なんでしょうね。


ちなみに、私の父方は、もともと神道オンリーだったのだけど、

明治生まれのひいじいさんが、

「葬式は、仏教の方が派手で、エエ」

といって、お寺の檀家になることにしたらしい。


結婚式は「キリスト教式のほうがステキ!」というのと

同じような感覚だったんでしょうね、きっと。



なんてったって、ここは基本、「八百万の神々の国」だかんね。


コーチングで一隅を照らす
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